カンタス航空の歴史

カンタス航空は1920年に設立、英語圏でもっとも歴史ある航空会社として運航を続けています。
これまでの歴史をご紹介します。

カンタス航空の歩み 日本路線の主な歩み



カンタス航空の歩み
 

1920年

11月16日、英国陸軍航空隊所属のオーストラリア人元大尉、ハドソン・フィッシュとポール・マクギネスが、牧場主ファーガス・マクマスターの支援を受け、クイーンズランド西部のウィントンに航空会社を創設。

社名をクイーンズランド・アンド・ノーザン・テリトリー・エアリアル・サービス(Queensland and Northern Territory Aerial Services) の頭文字をとってQANTASと名付ける。

1922年 クイーンズランドのチャールビル〜クロンカリー間で初の定期運航の営業を開始。
1926年 DH50型機のライセンス生産をロングリーチにて開始。機体の組立てから運航、整備までを自社ですべて行う世界で唯一の航空会社であった。
1927年 ブリスベンに最初の私有の格納庫を建設。 パイロット養成のための飛行学校も同地に開設。
1928年 5月、クロンカリーで設立された世界初のフライング・ドクター・サービスに機材とパイロットを提供。初年度に255名の患者を輸送。
1931年 オーストラリア〜英国間の郵便輸送の一環として、ブリスベン〜ダーウィン間を運航。
その際、インペリアル・エアウェイズ(後のブリティッシュ・エアウェイズ)と初めて業務関連を持つ。
1934年 社名をカンタス・エンパイヤ・エアウェイズ・リミテッド(Qantas Empire Airways Ltd)に変更。
1935年 2月、初の国際線郵送便としてブリスベン〜シンガポール間を DH86型機にて運航。
同年4月17日、同区間の国際線に初の乗客が搭乗。
1938年 本社をブリスベンからシドニーに移す。同年6月5日、シドニー〜英国間を就航。ブリスベン、グラッドストーン、タウンズビル、ダーウィンを経由しシンガポールへ運航。シンガポールにてインペリアル・エアウェイズの乗務員に乗り継ぐ。
1939年〜
1945年
第二次世界大戦時には民間人・軍隊の輸送に専念し、必需品の供給輸送にも貢献。
1944年 B24リベレーター機に初めてカンガルーのシンボルマークを採用。
1947年 オーストラリア政府による全株式購入により、国営の航空会社となる。ロンドンへの定期便「カンガルールート」を開始。日本へ初就航
1949年 オーストラリア政府はTrans-Australian Airways(TAA)を所有し、オーストラリア国内線を運航させる。カンタス航空は国際線専門航空会社に。香港路線へ就航。
1953年 カンガルールートにTourist Class(現エコノミークラス)を導入。
1958年 1月、2機のスーパー・コンステレーション機を使用して、世界一周路線を定期運航。
1959年 米国の航空会社以外の航空会社としては初めてボーイング707-138機を導入。
1965年 B707−338Cを導入。
1967年 社名を現在のカンタス航空(Qantas Airways Limited)に変更。
1971年 B747-238を導入。ジャンボ機時代になる。
1979年 世界で初めてビジネスクラスを導入。
1987年 マイレージプログラム“フリークエント・フライヤー”プログラムを導入。
1991年 オーストラリア政府は、豪国内線航空会社Australian Airlines(旧TAA)の100%株およびカンタス航空の49%株を売却すると宣言。
1992年 カンタス航空はAustralian Airlinesを4億ドルにて買収。
1993年

2月、民営化に向け政府より13億5千万ドルの資本出資を受ける。
3月、ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)がカンタス航空の株式25%を6億5千5百万ドルで取得。
10月、Australian Airlinesとの合併 に伴いカンタスブランドに統一。

1995年 7月、完全民営化し、オーストラリア株式市場取引開始。
1998年 Oneworldの設立時以来、主要メンバーに。
2000年 創立80周年を迎える。
2001年 国際線レジャー航空会社オーストラリア航空を設立。
2002年 10月27日、オーストラリア航空の初フライトとしてケアンズ〜名古屋間、ケアンズ〜大阪間を運航。11月27日、ケアンズ〜福岡間を運航。
2003年 9月、乗務員および地上職員に新ユニフォームを導入。
2004年 5月、新規豪国内線航空会社ジェットスターの運航開始。
2006年 6月末日をもってオーストラリア航空の運航を休止。

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日本路線の主な歩み
 







1947年12月18日 カンタス航空、日本初就航。キャプテン、ジョン・G.モートン他、6人の乗客と1,200ポンドの郵便物を乗せたランカストリアン機は、27時間21分をかけてシドニーからダーウィン、マニラを経由して山口県の防府(オーストラリアの在日空軍基地)に到着。
1948年10月15日 羽田に就航。
1952年1月17日 DC4型機によるシドニー−東京路線の定期運航(週2便)始まる。
1959年12月22日 日本路線へロッキード・エレクトラを導入。(シドニー−東京間の所要時間18時間51分)
1961年11月14日

B707−138B型機の初導入による、シドニー−東京路線での定期運航(週1便)始まる。(所要時間13時間50分)

1977年11月 日本路線へのB747型機を導入。
1987年10月5日 名古屋へ就航。
1989年10月30日 福岡へ就航。(その後1998年10月から2002年11月まで福岡路線を運休)
1990年1月8日 札幌へのチャーター便の運航を開始。
1992年10月27日 札幌−ケアンズ路線の運航開始。(その後1998年3月末より札幌線を運休)
1994年9月4日 関西国際空港開港により大阪−ブリスベン−シドニー線週5往復便の運航開始。
1996年8月31日 日本航空との業務提携に調印。
1997年4月1日 成田−ケアンズ路線、成田−ブリスベン路線で日本航空と共同運航開始。
1997年12月18日 日本路線就航50周年。
2002年10月27日 カンタス航空の自社便運航に代り、オーストラリア航空が関空−ケアンズ路線、名古屋−ケアンズ路線を週7往復便で就航(関空からの日本航空との共同運航便は、オーストラリア航空就航後も継続)。
2002年11月21日 オーストラリア航空が福岡−ケアンズ路線を週3往復便(月・木・日)にて就航。福岡からオーストラリアへの直行便が4年振りに復活。
2006年4月 オーストラリア航空の福岡路線を運休。
2006年7月 オーストラリア航空の運航休止により、カンタス航空の名古屋路線・大阪路線が復活。
2006年10月2日 東京-シドニー路線/メルボルン路線にエアバスA330就航。
2007年3月 カンタス航空の自社便運航に代わり、大阪-シドニー路線にジェットスター航空との共同運航便就航。
2007年8月 カンタス航空の自社便運航に代わり、名古屋-ケアンズ路線にジェットスター航空との共同運航便就航。
2007年9月 カンタス航空の自社便運航に代わり、大阪-ケアンズ路線にジェットスター航空との共同運航便就航。

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